
土壁施工で失敗しないために|養生期間・ひび割れ対策・砂の配合を左官のプロが実例で解説
土壁を施工しても、数年後にひび割れが発生したり、カビが生えたりするトラブルは少なくありません。その原因の多くは、養生期間の不足、砂の配合ミス、現代の住宅に合わない施工方法にあります。左官職人の稲熊氏は、土壁施工の現場で数多くの経験を積み、「土壁は材料が難しい」と語ります。砂を入れすぎるとカビが生えやすく、少なすぎるとひび割れが発生する。袋ごとに土の粘みが違うため、一回一回ミキサーで確認しながら調整する。このインタビューでは、稲熊氏が実際の施工で培った失敗しないためのノウハウを、介護施設の事例を交えて詳しく解説します。

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- 養生期間の重要性とひび割れを防ぐ「ちりじゃくり」(柱の溝)の技術
- 砂の配合バランス(多すぎるとカビ、少なすぎるとひび割れ)と粘みの調整方法
- 外壁に土壁を使う場合の注意点(軒の長さ600mm以上、雨対策)と実際の施工事例

このテーマの背景
土壁施工で最も難しいのは、材料の調整と養生管理です。土壁用の土は袋ごとに粘みや色が微妙に異なり、砂・わらすさ・水の配合を現場で調整する必要があります。砂を多く入れると施工しやすく、ひび割れも減りますが、カビが発生しやすくなります。逆に砂を減らすと、粘みが強くなりひび割れが増えます。この微妙なバランスは、経験豊富な左官職人の判断に委ねられています。
また、土壁は乾燥すると収縮するため、柱との境目にひび割れが入りやすいという特性があります。昔の家では「ちりじゃくり」という溝を柱に掘り、土を食い込ませることでひび割れを目立たなくしていましたが、現代の住宅ではこの工夫がないため、ひび割れが目立ちやすくなっています。
外壁に土壁を使う場合は、雨対策が必須です。土壁は水に弱く、雨が直接当たると劣化が早まります。軒を長めにする、腰壁に板を張る、土壁の上に漆喰で仕上げるなどの工夫が必要です。このインタビューでは、稲熊氏が介護施設で実際に施工した土壁の事例を交えながら、失敗しないための具体的なポイントを解説します。
土壁の施工のご経験があるということで、お聞きしたいと思います。左官屋にとって土壁ってどういう仕事なんでしょうか?
そうですね。今でこそ、やっぱり数は減ってきてますけど、やっぱり結構基本的な作業で、やりがいのある仕事にはなると思いますね。
土壁の土って、どこから手に入れるんですか?
今年の8月、9月にかけて近くで土壁の物件があったということで。昔は豊田とか、県内でも土壁、要は泥練って言うんですけど、荒壁を扱ってるところは何軒かあったんですよね。ただ今はほとんど県内はなくなってきてて、うちは知り合いに頼んで、大垣から持ってきてもらいましたね。
大垣から名古屋までですか。
ええ。
すごいですね。
たまたま頼んだ竹の小舞ですかね。あれを施工してくれる人が、大垣に知ってるところがあるもんで、もしあれだったらこっちで頼んであげるよって言ってくれたんで。確かそこの大垣の会社さんは、モリコロパークも運んだとは言ってましたけどね。
愛知県内では土を扱う業者さんはもうないんですね。
おそらくないと思いますね。
その物件はどんな建物で、どうして土壁を使ったんですか?
そうですね。介護施設さんで、そこの別棟にある小屋のほうで施工させてもらったんですよね。入所してる方が、そこで何かちょっとした作業をするっていうことがあるらしくて、なので部屋の中に暖炉も置いて、そこで何かをやるっていう話で。
雰囲気いいですね。
そうですね。昔ながらの雰囲気でたぶん落ち着いた雰囲気にはなると思いますけどね。
最近施工されたのは名古屋の物件ということですが、昔と比べて土壁の仕事は減ってるんですか?
どうですかね。昔は10件とか15件ぐらいはあったんですかね。今はもうほとんどないですね。年間1件あるかないかぐらい。
そんなに減ってるんですね。
そうですね。やっぱり工務店さんが、土壁が好きな工務店さんっていうのが見えて、だいたい新築を建てると土壁の部屋っていうのがあるんですよね。なるほど。そうするとその建築屋さんが建てるときはもうだいたいセットで土壁が出るような感じで、やらせていただいてましたね。
さっき話に出た竹を編む作業をする職人さんも、まだいるんですね。
その会社さんも一人だけいるって言ってましたね。結局やっぱり件数があまりないんで、今は一人の職人さんでも順番にやっていけてると言ってましたね。
一人だけなんですね。貴重な技術ですね。
そうですね。
土壁の施工で注意していることや、難しいところ、施主が気をつけたほうがいいことがあれば教えてください。
そうですね。土壁って一回一回塗ってからの養生期間が結構長いんですよ。結構しっかり乾かしてから施工しないと、やっぱり割れが入りやすいんで。今の住宅だと柱に溝が掘ってないことが多いんですよね、ちりじゃくりって言うんですけど。昔は結構掘ってあって、そこに土をちょっと食い込まして、ちょっとかぶせたぐらいで仕上げるっていうパターンが多かったんですよ。なんで柱と縁が切れても、そんなに縁が切れてるように見えないんですよね。
溝があると割れが目立たないんですね。
そうですね。あれがどうしても収縮があるんで、どうしても切れるんですよね。なんでちりじゃくりが取ってあると、意外と柱の中にちょっと入り込んでるんで、縮んでも割れが見えないというか、分かりづらい。あと土壁で気をつけないといけないのが、県によって結構材料が違うんですよね。
地域によって違うんですか?
名古屋は土壁、中塗り用の土を頼むと、本当にこの泥だけ粉で粉体でくるんですよ。それにすさ入れて、水入れて、砂入れて、混ぜるんですけど。
それは自分で混ぜるんですか?
そうですね。確か京都だったかな。どっか違うとこ行くと、もう砂も入ってるらしいんですよね。もう既調合じゃないんだけど、それに近いような。地方地方によって土壁の土が違うんですよね。名古屋はグラニュー糖の袋に入ってきますもんね。
グラニュー糖の袋に入ってくるんですか?
ええ。あれに入ってくるんですよね。なので現場に入れてくと、「これ何に使うんですか?」っていうことはよく聞かれますね。土壁で気をつけないといけないのが、砂を入れすぎると、専門用語で痩せ材料なんですけど、カビが生えやすくなるんですよ。
えー、そうなんですか。
ちょっと粘みがある土のほうがカビは生えにくいんですよ。こちらで砂とかも入れるんで、その調合はこちらに任せていただく形ですね。
経験がないと砂の量を間違えてカビが生えることもあるんですか?
生えやすいですね。かといって今度はあんまり砂が少なすぎても、今度は割れが結構出るんですよね。
難しいですね。
で、意外と一本一本の袋でも、やっぱり土自体の色が若干違ったり。
天然のものだからですね。
あと粘みが違ったりするんですよね。粘み。うん。要は泥、泥気が袋によって違ったりするんですよ。へえ。うん。なんで一回一回ミキサーで練っては、ちょっと確認しながら施工するっていう。
その都度調整が必要なんですね。
そうですね。粘みが強ければ、砂を通常よりもちょっと余分に入れたりとかしないと。ちょっと調整ができないんでね。今は既調合とかばっかりに慣れてると、ちょっと練るのが大変なのかなっていう気がしますね。
やっぱり経験のある職人さんに頼みたいですね。
そうですね。
外の壁に土壁を使う場合、何か注意することはありますか?
そうですね。外にやるならば、雨の当たらない部分の施工っていうふうにしたほうがいいと思いますね。どうしても土なんで、雨が当たるとやっぱり弱くなってくるんですよね。なんであんまり激しく当たるとやっぱり流れていく。腰ぐらいの高さまでは板を張ってその上に施工するとか、もしくは土壁をやっといて漆喰で仕上げをするとか。当然軒もちょっと長めの軒があったほうがいいかと思うんですけどね。
軒が長めってどれくらいですか?
そうですね。600だとちょっと寂しいのかなって気がしますけどね。
軒っていうのは屋根が建物から出ている部分のことですよね。
そうですね。今はあんまり出てないですね。建物をすっきり見せるために軒がほとんどないという現場も結構ありますからね。
土壁を外に使う場合は屋根を長めにしたほうがいいんですね。
そうですね。そうすれば土壁に雨が直接当たることが少なくなりますから。
最後に土壁に興味のある人にメッセージがあればお願いします。
そうですね。土壁っていうのはそもそも荒壁を塗ってからの中塗り土っていうところで、それが基本下地になるんですよね。その上に仕上げ用の土を塗るっていう方法もありますし、かなりきめの細かい、すっきりした良い風合いの仕上げにはなるんですけど、そうしないと、中塗り土のままだと意外とすさが出てるんですよね。
すさっていうのは何ですか?
うん。藁です。それがやっぱり見えてるんで、それがいいっていう方も見えるし、それが嫌だっていう方もやっぱり見えるんで、その辺は選択肢になるのかなとは思いますね。
仕上げ方によって見え方が変わるんですね。いろいろ相談して決めたいですね。
そうですね。砂漆喰みたいな雰囲気の土ってのもありますんで。
そうなんですか。
ええ。結構落ち着いたいい雰囲気にはなるかと思いますけどね。
奥が深そうですね。
そうですね。はい。
- 土壁は一回一回塗ってから十分な養生期間が必要で、乾燥不足はひび割れの原因になる
- 柱に「ちりじゃくり」(溝)があれば収縮によるひび割れが目立ちにくいが、現代住宅では溝がないため対策が必要
- 砂の配合は多すぎるとカビが生えやすく、少なすぎるとひび割れが出るため、経験に基づく微妙な調整が重要
- 土は袋ごとに粘みや色が異なるため、ミキサーで練りながら一回一回確認して調整する必要がある
- 外壁に土壁を使う場合は軒を600mm以上確保し、雨が当たらない工夫(腰壁・漆喰仕上げ)が必須

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補足情報|土壁の材料調整と施工のコツ
稲熊氏が強調するのは、土壁の材料調整の難しさです。名古屋では中塗り用の土が粉体で供給されるため、現場で砂、わらすさ、水を加えて練ります。この配合が仕上がりを左右します。
砂の役割は、土の収縮を抑えることです。砂は収縮しないため、土に混ぜることでひび割れを減らせます。しかし、砂を入れすぎると「痩せ材料」となり、粘みが減ってカビが生えやすくなります。稲熊氏は「ちょっと粘みがある土のほうがカビは生えにくい」と語ります。
粘みの調整は、土の泥気(粘土分)の量によって変わります。袋を開けてみないと分からないため、ミキサーで練った後に手で触って確認します。粘みが強ければ砂を余分に入れ、弱ければ砂を減らします。この感覚は経験でしか身につきません。
ちりじゃくりの効果は大きいです。柱に1cm程度の溝を掘り、そこに土を食い込ませることで、土が収縮しても柱の中に入り込んだ部分が残り、隙間が見えにくくなります。現代の住宅で柱に溝がない場合、収縮による隙間が目立つため、施主に「土壁は収縮するもの」と事前に説明することが重要です。
外壁施工の注意点として、稲熊氏は軒の長さを重視します。現代の住宅は建物をすっきり見せるために軒が短い(または無い)ことが多いですが、土壁を外壁に使う場合は600mm以上の軒が理想的です。軒が短いと雨が直接壁に当たり、土が流れてしまいます。腰壁(床から1m程度)に板を張る、土壁の上に漆喰で仕上げるなどの対策も有効です。
介護施設での施工事例では、別棟の小屋に暖炉を置き、入所者が作業をする空間として土壁を採用しました。昔ながらの雰囲気で落ち着いた空間になったと好評だったそうです。この事例のように、土壁は単なる壁材ではなく、空間全体の雰囲気を作る重要な要素です。
中塗り土で仕上げる選択肢もあります。中塗り土はわらすさが表面に見えるため、それを好む人もいれば嫌う人もいます。仕上げ用の土を塗れば、きめ細かくすっきりした風合いになりますが、コストも手間も増えます。施主の好みと予算に応じて選択できることを伝えることが大切です。
実践的なアドバイス|土壁施工を依頼する際のチェックポイント
稲熊氏のインタビューから、土壁施工を依頼する際に確認すべきポイントが見えてきます。
まず、養生期間を確認しましょう。「一回一回塗ってからしっかり乾かす」と明言する業者は信頼できます。養生期間を短縮しようとする業者は、後からひび割れが発生するリスクがあります。季節や湿度によって養生期間は変わるため、「柔軟に対応する」という姿勢も重要です。
次に、材料の調整方法を聞きましょう。「砂の配合はどう決めるのか」「土の粘みをどう確認するのか」という質問に、具体的に答えられる業者は経験豊富です。「既調合品を使うので問題ない」という回答も一つの方法ですが、名古屋では粉体供給が主流なため、現場調整の経験がある業者の方が安心です。
外壁に土壁を使う場合は、雨対策を必ず確認してください。「軒はどれくらい必要か」「腰壁は必要か」「漆喰仕上げは推奨されるか」といった質問に、明確に答えられる業者を選びましょう。「土壁は外壁にも使えます」とだけ言う業者は、雨による劣化リスクを理解していない可能性があります。
ちりじゃくり(柱の溝)について聞いてみましょう。「現代の住宅では柱に溝がないが、どう対処するか」という質問に、「ひび割れは避けられないが目立ちにくくする工夫はできる」と説明してくれる業者は、土壁の特性を理解しています。「ひび割れは絶対に出ません」という業者は、過信している可能性があります。
**最後に、施主とのコミュニケーションを大切にする業者を選んでください。**稲熊氏は「仕上げの選択肢を説明し、施主の好みを確認する」ことを重視しています。中塗り土のままか、仕上げ材を塗るか、わらすさが見えるのを好むか嫌うか。こうした細かい点を丁寧に説明してくれる業者なら、満足のいく仕上がりが期待できます。
編集後記
土壁施工の難しさは、一般の方にはなかなか理解されません。「壁を塗るだけなのに、なぜそんなに時間がかかるのか」「なぜ業者によって仕上がりが違うのか」。稲熊氏のインタビューを聞いて、その理由が明確になりました。土壁は袋ごとに違う、砂の配合で仕上がりが変わる、養生期間を守らないとひび割れが出る。すべてが職人の経験と判断に委ねられているのです。だからこそ、土壁施工を依頼する際は、経験豊富な左官のプロを選ぶことが何よりも重要です。稲熊氏のような「材料の違いを見極め、一回一回確認しながら施工する」職人に任せれば、長く美しい土壁が実現します。土壁は難しい。でも、だからこそ価値がある。そう信じて、丁寧な仕事を続ける職人たちがいることを、多くの方に知っていただきたいと思います。
株式会社イナマサ業務店 代表取締役
対応エリア:名古屋市など愛知県内全域、その他(岐阜、三重、静岡など一部)
対応できる工事:内装工事、外壁工事、漆喰、珪藻土、タイル、洗い出し、かき落とし
お薦めのデザイン:コンクリート系, フラット系, スタッコ系
備考:毎朝6時半に職人を見送ってから現場に向かいます。休日は家族で買い物するのが楽しみです。
プロフィール
愛知県名古屋市天白区出身、丑(うし)年、おひつじ座
【好きなもの】手羽先、ビール、モルタル仕事、ドライブ、釣り、温泉、DIY
【苦手なもの】納豆、スポーツ、SNS、初対面なのに馴れ馴れしい人、コミニケーションの取れない人
【マイブーム】ルアーフィシング
